(記者有論)「福島」語らない政治 報じない無関心も不正義 野上祐
「こっちの友だちには『もう住めるのになんで帰らないの?』と聞かれる。みんなわからないんだよね」
都内にある集合住宅の一角。70代の男性は言った。震災で避難する福島県の5万5千人の1人だ。
原発事故前は南相馬市小高区で居酒屋をしていた。昨年7月に住民への避難指示が解除された地域だ。再来年の春には集合住宅を出なければならない。東京電力の賠償金があっても苦しい年金生活だが、東京の隣県で持ち家を探す。「戻ると病院が心配だ。女房も病院通いだし」
男性は今年、大腸がんとわかった。髪と眉毛がないのは抗がん剤の影響だ。私も昨年2月、膵臓(すいぞう)がんのため福島総局から自宅のある東京に戻り、通院を続けている。簡単に病院を替われないのはよくわかる。
いま小高区で暮らすのは事故前の住民登録者数の2割弱。半分は65歳以上だ。子育て世代は学校のこともあり、戻らない人が少なくない。
「商売にならない」と男性。それが「不便な街に戻りたくない」とほかの人をためらわせる負の連鎖だ。
取材中、福島から避難してきた小学生たちがそばで騒いだのを男性が注意した。「うるせえぞ、おめえら!」。ここを出れば彼女らは故郷のことばとも離れる。そして「東京の子」になるのだろうか。
その前日、安倍晋三首相が衆院解散を表明した。「閣僚全員が復興大臣」と繰り返してきたのに、記者会見で福島に触れる場面はなかった。
「福島のことをなんとも思っていないからだ」と男性は言う。「原発を海外に売り込んでいるのに原発事故を引きずっていられない。避難指示の解除を進めるのは復興しているように見せかけたいからだ」
衆院選の争点は憲法改正とも脱原発政策ともいわれる。憲法を変えたら、また原発事故が起きたら、日常が損なわれる――。そんな不安が背景にのぞく。
それならば、すでに日常を大きく損なわれている人びとのことを政治はどう考えるのか。避難している人。迷いつつ故郷に戻った人。県内に踏みとどまり風評被害と闘っている人。その姿を県外に届けようと福島の同僚は繰り返し描いてきた。
同じ住宅に避難している浪江町の人は言った。「我々は憲法に守られている『国民』なのか」
与党も野党も当選することしか考えていない、と男性は嘆いた。「なのに福島を語らないのは、それでも落選しないと思わせている有権者のせいでは」と私が言うと、黙り込んだ。
埋もれた課題も取り上げ、処方箋(せん)を示し、人びとに希望を抱かせる。選挙はそんな機会であるはずだ。争点でないからと地元以外では語られず、報道も少なくなるという無関心の連鎖。それは著しい不正義だと、声をあげ続けたい。
(のがみゆう 政治部)
(出所:朝日新聞、2017年10月5日掲載)
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