政治家もリスク語って がんと闘う記者、議員勉強会へ

闘病生活の中で、患者と医師の関係が、有権者と政治家のそれに似ていることに気づいた。それは問題への対処法について説明を受け、一定の範囲で信任を与えるという点だ。

しかし、説明のあり方は政治と医療の間では大きく違っていた。ときに与野党間の批判合戦に陥りがちな政治の世界とは違い、医師によるインフォームド・コンセント(説明と同意)では、治療法の効果の一方、起きうるリスクや代替手段(とそのリスク)まで患者に説明する。

そこで、昨夏の参院選前にコラムで提案したのが、インフォームド・コンセントの「政治版」だ。与野党が政策を訴える際に、メリットと同時にリスクも語り、「それでも、こうした理由でこの道を選ぶべきだ」と論戦を繰り広げるようになれば、有権者はぐっと判断しやすくなるのではないか、というものだ。

先日、ある勉強会に講師として招かれた。政治にもインフォームド・コンセント(説明と同意)を、という提案を実現する会の初会合。趣旨に賛同してくれた自民、公明、民進、維新4党の議員が開いたものだ。

記事を書くこと以上に、政治に関わるのは記者の一線を越えるのではとためらいもあった。結局、「特定政党の会合ではないから」と上司に背中を押され、出席し、自分の考えを述べた。

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 がん患者の目に政治がどう映るか、闘病から政治版インフォームド・コンセントを思いついた背景は――。

何度も取材で訪れた議員会館の会議室で、地方創生相を務めた石破茂さん、首相補佐官柴山昌彦さんら、約20人の議員を前にするのは不思議な気分だった。私の横には、自民の平将明さんや公明の遠山清彦さん、維新の浅田均さんら世話人が並んで座っている。

その一人、民進の細野豪志さんは「リスクも含めてきちっと説明し、国民が判断するのが正しい政治のあり方だ。政治にインフォームド・コンセントは必要だ」と語った。途切れぬ質問はどれも実現に前向きな内容だったが、ときに、こちらに矛先が向く場面もあった。

 ある議員は「政治版インフォームド・コンセントの実現には報道機関の仕事とセットでなければならない」と指摘した。政治家がリスクを語れば、皆さんは全体像をきちんと報じるのかと、やんわり問い詰められている気がした。これには「デジタル紙面ができて、載せるスペースに制約はなくなった」と答えたが、それで納得してもらえたかどうか。

 窮したのは、社会の分断と報道のあり方をめぐる別の議員の問いかけだ。「売れるか、売れないかの商業ジャーナリズムには期待していない。特定層にだけわかってもらえばいい、というメディアが増えている」という指摘だ。

 これを受けて、私たちは反対意見も載せて、社会のかけ橋をつくろうとしていると説明したものの、苦しい理屈にも思えた。もちろん、「売れるように」と思って書いたことはない。が、朝日新聞の購読者の期待に応え、読まれようとすることまでそう映っているとしたら、なかなか反論しがたい。

 そうこうして、会合は1時間ほどで終わった。

 翌日の朝刊。取材にきていた後輩記者の短い記事が載った。記事のデジタル版には今後の進め方について「議員同士の意見交換や有識者ヒアリングを通じて実現の具体策を検討する」とある。コラムで投げかけたかいがあった――と感慨深かった。

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 朝日新聞は最近、首相の意向として、衆院の解散時期を早くて秋以降と書いた。

 さあ、私たちは一部かもしれないが政治家が政策のリスクや代替案まで実際に語り出したとき、どうするか。その論理を丁寧に読者に示し、判断材料を与えるインフォームド・コンセントの一翼を担えるだろうか。問われているのは私たち自身でもあるのだ。

 私は、会合の翌日に入院した。ふたたび手術と入退院を繰り返すことになり、政治報道の現場から離れている現状が歯がゆい。

 それでも、私の思いは誰かがつないでくれると信じている。1本のコラムが議員たちに届き、勉強会につながったように。

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 野上祐(のがみ・ゆう) 1972年生まれ。96年に朝日新聞に入り、仙台支局、沼津支局、名古屋社会部を経て政治部に。福島総局で次長(デスク)として働いていた昨年1月、がんの疑いを指摘され、2月手術。現在は抗がん剤治療を受けるなど、闘病中。 (出所:朝日新聞デジタル(AERA.dotに転載)連載「がんと闘う記者」、2017年1月20日掲載)

同僚と笑顔で雑談する筆者=昨年8月、東京都中央区築地の朝日新聞東京本社で、瀬戸口翼撮影

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